常識からすこし外れた僕のお姫様(半兵衛×光秀)
「最近ちゃんと食べているのですか?」
病弱で普段から顔色のよろしくない同居人の顔色が更に悪くなっている事に気づいた光秀はそんな風に声をかける。
最近はお互い忙しく、食事の時間も合わずその辺りがどうなっているのか気になったのだった。
「ああ、まぁ……」
目の前の相手は放って置けばカロリーメイトやヴィダインゼリー等を三食食して食事と言ってのける。明智光秀の同居人、竹中半兵衛は自分の栄養管理は結構ぐだぐだなのだ。
時間がある時は朝にきちんとした弁当を自分の分と光秀の分まで作っているにも関わらず……だ。それも光秀の身体が細すぎて抱くのに痛いとかそんな下世話な理由ではあったけれども。
そんな自己管理が結構緩めな相手が普段より更に顔色を悪くしているのだから心配しない方がおかしい。
「本当に大丈夫ですか?」
「心配かけてすまないね。じゃあそろそろ僕はいかなくっちゃ……」
ばたばたと出て行く相手の背中を見送りリビングのソファに腰掛ける。
光秀の方は仕事がひと段落し、明日からは多少の時間も作れるだろう。顔色の悪い相方と慌てて出て行く背中を思い考えればふむ、と一つ小さく頷いた。
次の日半兵衛が早朝からの仕事の為にリビングに出ればテーブルの上に何やら包んだものとメモが置いてある。そのメモに目を通せば小さく整った神経質な文字で「お弁当です。食事はしっかり取ってくださいね。」とだけ書いてあった。
「……光秀君が僕の為に……」
そう思えばそれだけで嬉しくて、半兵衛の顔が緩む。そうして置いてあった弁当を包んだそれを手にすれば、ありがたく鞄の中にしまえば何時ものように急ぎ足で家を出た。
その日の半兵衛は何時もよりも上機嫌で、そうして仕事もはかどった。それもこれも早朝テーブルの上に置かれていた包みのせいであった。
どのタイミングで弁当を作っていたのかはわからないが、少なくとも半兵衛の事を思って作ってくれていたのだ。それを思えば自然頬が緩むのもいた仕方ないというもので。ただ仕事の書類に目を通す半兵衛が、時折にやにやと笑むのを見ていた隣のデスクの秀吉が気持ち悪いと思ってもいた仕方の無い事であったろう。
「ところで半兵衛。」
「どうかしたかい秀吉。」
にやにやとしながら書類に目を通していた半兵衛に、秀吉が勇気を持って声をかける。その瞬間にやついた表情を一瞬で何時もの表情に変えた半兵衛が秀吉の方を見る。
「鞄からなにやらこぼれているようなのだが……」
秀吉の大きな手が指差す先。そこには半兵衛の鞄があり、そうして床を濡らす液体がぽたりぽたりとこぼれていた。
何事かと慌てて半兵衛が鞄の中を覗き込む。
そうして目に入ったのはぐっしょりと塗れた包みが一つ。それとその包みに道連れにされた書類など。光秀が半兵衛の為に作ってくれた弁当が鞄の中で大惨事を巻き起こしていた。
「それは……弁当か?」
鞄の中から救い出した包みはこれでもかと言うくらい、救い様が無く濡れていた。
「そこまで汁漏れを起す弁当とは……何が入っているのだ?」
何が入っているのかなど受け取っただけの半兵衛には中身など解るはずも無く。昼にはまだまだ早かったが一旦それを開いて見る事にする。
汁で薄汚れた弁当の上、これまた汁で薄汚れたメモが乗っていた。
そこには「忙しくても少しくらいは食べてくださるだろうかと、竹中さんが好きな物を入れておきました。」とこれまた小さく神経質そうな綺麗な字で書かれていた。
ゆっくりとデスクの上に置いたその扉を開く。
その弁当の中身はほっくりと美味しそうに煮付けられていたのであろう魚の残骸と、その残骸の上に散らばったサトイモの煮物。見事に汁っけに塗れたものであった。
そうして見事に弁当のおかずとしてチョイスするには間違っているものだった。
いや、辛うじて汁をしっかりと切っていてくれていたのならそれはそれで弁当に入っていてもいいのかもしれなかったが半兵衛の弁当はこれでもかと言うくらい汁と共に入っていたようで。
「……これは何かの嫌がらせなのか……半兵衛……」
大惨事を巻き起こしている弁当を見てぽつりと秀吉が呟く。
「……いや……これは以前僕が魚の煮つけや煮物は汁に浸して食べるのが一番美味しいと言っていたのを覚えていてくれたのだろうね。」
弁当箱を置いたデスクまで既に大惨事と言うだけではない、職場全体が魚の煮付けの独特な醤油の匂いを充満させている。煮付けテロでも行われたのではないだろうかと言うほどの大惨事だ。
弁当の横には、ラップで頑丈にガードされ惨事を免れたおにぎりが一つ。
かの半兵衛の想い人はどのような思いを込めてこの弁当を作ったのだろう。
それを思っただけで半兵衛は幸せな気持ちになる。
「お、おい……っ半兵衛?」
復元不可能な弁当テロが巻き起こされたその弁当を半兵衛は再びふたをして包み直せばそれをいそいそと鞄の中にそれを戻した。
「それを……どうするのだ?」
「どうするって……勿論お昼に頂くよ。」
幸せそうな半兵衛を見れば、秀吉にそれ以上何かを言う事も出来ず。そうかと自分のデスクに戻る。職場に強烈な匂いを数日間残した半兵衛の大切な弁当はその言葉通り昼には綺麗に食べられたのだった。